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荘内南洲会の本当の誕生は昭和42年1月24日であると長谷川先生からきいております。
それは南洲翁遺訓を密かに自分で読み或いは2・3人集まっては読み大いに議論して、その連中が 中心となり毎月24日に遺訓の勉強会を開いたのが始まりである。まさに長谷川先生が 元祖であった、その長谷川先生を最初から最後まで物心両面にわり支えて下さったのが元山形相互銀行の頭取であった澤井修一先生でありました。このお二人のお陰で南洲会が生まれて現在があるのであり、このことを忘れずに後々まで伝え継ぐためにお二人の胸像をつくりました。

 
 澤井先生
胸像
 
銘版
 
澤井修一先生・長谷川信夫先生お二人の永い交わり、心の交わり、道の交わりが源となり、根となり次から次へと新しい芽が出ることになった。
『私』の今日あるはすべて澤井修一先生のお陰であると常に語られた長谷川信夫先生の言葉が、私たちの心に深く深く沁み込んでおる。
『荘内南洲会』が今日あるはまさに澤井修一先生のお陰である。
澤井先生に対して常に心から感謝し、何をもって報いんものかと悩み続けられた長谷川先生の真情を、引き継ぐことを心から誇りとするものである。
茲に澤井修一先生の温かいご指導を更に頂きながら精進することを誓う。
平成十年九月吉日


 
長谷川先生
胸像
 
銘版 
 
長谷川先生の生涯は幼少にして『南洲翁遺訓』にめぐり会うことからはじまった。
長谷川先生の最後の言葉、それは『有り難う・有り難う』であった。又何を聞いても何を申し上げても『わかった・わかった』と申された。
憶うに長谷川先生の『敬天愛人』をすべて言い尽くされておると思う。
長谷川先生の生涯のお手本は西郷先生であり、その精神は『南洲翁遺訓』にすべてが詳しく延べられておる。
いま茲に長谷川先生の胸像に面して萬感無限なるものがある、生前の意中を不朽の御指導と思い、先生の目指された社会の実現の為に、あとに続く私たちは一人でも多くの方々に『南洲翁遺訓』を勧めその精神の涵養を期すものである。

平成十年九月吉日